今も空気を読めない日記 <ichigomomo’s blog>

日々自分のことしか考えていない「イリキ ひじり」の日記です。

ヘルシオ

「おはようございまーすイリキさーん・・・あ、寝てる」
ドアの音とゴルゴ先生の声。見なくてもその表情は太陽と月と星をいっぺんにたたえたように明るいことがわかる。が、私は意識がありながら目を開くことができず、もう一度ドアの音がして病棟の隅の個室は再び静寂を取り戻した。

それにしても昨晩、というか今朝は痛かった。
痛み止めが好ましくないのは分かっていたのでなるべく我慢していたのだが、6時間に1回どころか2時間も経たないうちに耐えられないほどの激痛が戻って来る。そのうえ「子宮の収縮が悪い」とかでアイスノンを腹に巻かれ、冷たさと重さで本当に死ぬかと思った。(私はたったの数時間前に腹の肉と内臓を切られてそのうえ縫い合わせたのだが、そんな大事を前に子宮の収縮がちょっと遅れていることなんかがそんなに重要なのか?)明け方やっと意識が薄れて眠れそうになったが、あまりの痛みに気絶もできず、『夢は見ているが下界の物音もはっきり聞こえる』というサイコな状態のまま数時間が過ぎ・・てくれれば次の麻酔も打てたのだろうが、耐えに耐えたあと携帯を見ても15分ぐらいしか経っていないのである。
またそれとは別に、血栓予防の機械の動作音が病室のドアの開閉音に似ていたため、朦朧とした意識の中それを聞くと「ドアが開いて医師や看護師が現れ、この痛みを完全に取り除くすんばらしい処置をしてくれる」という期待感に胸が膨らんだ。それが1分間に数回裏切られるので精神的な痛さもあるのだった。

しばらくして今度はミヤジ先生が助産師や看護師を数名引き連れて診察にきてくれた。ミヤジ医師は内診が痛いと大評判なので少し警戒したが、お腹の触診は別に痛くなかった。
助「夜、(痛み止めの)点滴2回と筋肉注射1回打ったんです」
ミ「そんなに使ったのか!」
それがものすごく『告げ口』っぽいやりとりでちょっと笑えた。
ミ「今日は痛いだろうけど頑張って歩いてください、自分でトイレに行けるようになれば導尿の管が抜けますから」
先生が優しい口調で言った。こっちだってそんなおかしな管とは1秒でも早く離別したいところである。
私「今歩いてみせれば抜いていただけるのでしょうか?でしたら・・」
ミ「あとで点滴を換えに来るから、その時に抜いてもらって・・頑張ってね。」
ミヤジ先生もいい人であった。

導尿の管は、実際はそこまで不快なものではなかったのだが、切迫で入院していた時に隣で寝ていた奥様が何度も何度もその辛さを口にされていたため私までなんだか痛いような気がしていた。ので、昼前の点滴交換ではものすごく頑張って歩いた。そして、抜いてもらった。

ちなみにこのときのナースはいい人ではなかった。ベテランのはずなのに仕事が群を抜いて雑で、そのうえ「そんなことではだめです」とかぬかして痛み止めを出し惜しみしたので私の中の私が満場一致で100点満点の評価を下した。しかも後になってみれば『我慢しろ』などというのはこのババア一人の方針で、ほかのスタッフは『無理に我慢するよりも、痛み止めをどんどん(もちろん最低限の制約はあるけど)使って早く運動を開始し育児に専念すべき』というようなことを口をそろえて仰っていた。院内の方針は統一しとけっつーの。

かくしてこの件は、私が空気を読めず人を見る目もないばかりに文字通り痛い目を見た貴重な経験として深く記憶に残ることになる。